1:■忍【LV12,シャドー,PJ】 第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb[]:19/06/04(火)09:58:53 ID:???


(06/03 17:58)
1989年6月の天安門事件を受けた日本政府の最優先課題は北京に在留する約3500人の
日本人をどう帰国させ、「前代未聞の救出作戦」(当時の在北京日本大使館員)を成功させる
かだった。一方、松下電器産業(現パナソニック)は合弁会社の日本人全員を北京に残し、
カラーテレビのブラウン管生産を続ける決断を下した。事件は日本人にとって中国での危機管理を
問われる最初の契機となった。

 ◇「日の丸」バス
 人民解放軍が6月3日夜から4日にかけ、民主化要求の学生・市民に無差別発砲し、
北京の日本大使館は邦人退避を本格始動させた。5日に軍同士の衝突のうわさが流れ、
7日には外交官アパートへの銃乱射事件が起こり、邦人社会の不安と混乱は拡大した。
 記者は外務省に情報公開請求し、天安門事件時の「邦人保護措置」報告資料を入手。
同資料や当時の複数の大使館員によると、大使館は5~9日、館員自らが手分けし、
北京市内の日本人留学生ら計1464人をバスで各大学まで迎えに行き、ホテルや北京空港に移送した。
資料には、ピークの7日だけで「960人を空港へ。バス20台延べ55回運行」との記述がある。
 観光バスも借り上げ、ガソリンを買い集め、嫌がる運転手には通常の何倍もの報酬を与えた。
当時、市内では戦車・装甲車が威嚇を続けていた。
兵士に日本人だと認識させ発砲しないようバスの前面窓に「日の丸」を付けた。
どの道が危険か情報を入手し、北京の地図に書き込み、安全な道を選んで留学生らを迎えに行った。
 携帯電話もメールもない時代だ。
当時の館員は「いろんなところから『助けてくれ』と電話が入る。『一度お見合いしておけばよかった』
とつぶやく館員もいたが、われわれは自分たちで行くしかなかった」と振り返った。事件に絡む
邦人負傷者は2人にとどまった。
 日本航空と全日空は臨時便を運航。6~8日に計10便で3133人を羽田・成田空港に運んだ。
6日の臨時便で9人の応援社員を北京に派遣した全日空の記録には「(9人は)危機的不安感と
邦人救済の使命感が入り交じった複雑な心境だった」と記されている。
(以下略)

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060200273&g=int

◆◆◆ニュー速+ 記事情報提供スレ 95◆◆
http://uni.open2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1558063757/


2:名無しさん@おーぷん[ ]:19/06/04(火)10:10:39 ID:Fzy.cx.55

今じゃ美談に聞こえないね。


4:名無しさん@おーぷん[]:19/06/04(火)10:37:34 ID:k5N.1w.kg

>>2
>>1のリンク先の全文を読むと、松下の判断については当時も美談では無かったみたいだよ。

>日本国内では松下電器の決断に「松下は死の商人か」と批判が高まったが、「その後の中国ビジネスはスムーズにいった」と青木は語る。


5:名無しさん@おーぷん[]:19/06/04(火)10:38:36 ID:OLz.gs.ms

その後の中国ビジネスはスムーズにいった(残した従業員の命を懸けた結果)


6:名無しさん@おーぷん[sage]:19/06/04(火)10:43:55 ID:pA5.jl.aj

>>5
その後焼き討ちにも会うしな
https://r.nikkei.com/article/DGXNASFK2603J_W2A021C1000000?s=2


3:名無しさん@おーぷん[]:19/06/04(火)10:33:00 ID:Sdp.gs.d7

パナソニックに対しては個人的に色々と思うところがある


9:名無しさん@おーぷん[]:19/06/04(火)21:04:46 ID:u1J.hp.ms

>>1
読んだけど誰が取材したのかわからんね


10:名無しさん@おーぷん[]:19/06/05(水)06:12:59 ID:xKh.pn.dg

>事件は日本人にとって中国での危機管理を
>問われる最初の契機となった。
なのに企業と経営陣は何も学習せずに30年も経ってしまったのか


11:名無しさん@おーぷん[]:19/06/05(水)06:24:14 ID:vpE.yu.ur

現在の経団連とか目先の利益ばかり追い掛けていて、危機管理なんて全くない。
従業員は奴隷だから、見捨てるつもりだろう。
キチンとした人権意識があれば、治安の悪い地域や、反日感情の高い国に進出なんてしない。



管理人談話:
事件当時、事態を重くみた本社から帰国命令が出たものの、飛行機の
予約便が満杯で帰国することができなかったもあるようです。
それによると、誰一人帰国しなかったのは、松下電器産業(現パナソニック)
だけだったとか。